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一歩前進。 [闘病記]

相変わらず、毎月の外来は欠かせない。
けど、トッキーはとっても元気です!

先日、「尿中肺炎球菌」の検査をしました。
これは2ヶ月に一度くらいやっている検査だけど、退院後丸二年にしてようやく、結果がマイナスになりました。
肺炎球菌を保菌していたトッキーですが、現時点では、身体の中の肺炎球菌は死滅し、活動していないということになります。
最近、調子がよく、風邪もひかなくなってきたのは、肺炎球菌がいなくなったからでしょうか^^
でも、また、肺炎球菌が棲み付くことは十分考えられますので、油断はできません!!


さて、ヒブワクチンと季節性インフルエンザワクチンの接種を、無事に終わらせることができました。
新型インフルエンザワクチンも優先的に受けられるはずですが、いつ連絡が入るのか、誰にもわからない状況ですねぇ。。。
この近辺も、なかなか流行っていますよ~~。
大学病院の先生には「新型、もらわないようにねぇ!」とか念押しされましたが、母親の私にできることは限られています(涙)
とりあえず、「頑張ります・・・」と答えるしかできませんでしたが。


予防接種に行ったら、2年ぶりくらいにお会いしたお母さんがいました。
そのお母さんには、2才のお子さんがいます。

「ヒブ受けたよ~。トッキーのおかげで、どれだけ怖い病気かわかったから。
 ありがとう[ぴかぴか(新しい)]

って、私に言ってくれました。


最近、考え込んで落ち込むことが多かった私に、光を与えてくれました。
元気いっぱいに生活をしているトッキーを見れば見るほど、その影に亡くなった子や後遺症を抱えた子供たちの無念を感じて、うちの子だけが元気にしてる・・・と、後ろめたい気持ちが消えなくて。

ブログに向き合うこともできず逃げ出していた私に、生きているからこそ声を大にして、この病気の怖さを伝えなければいけない、ということを思い出させてくれました。


まだ、気持ちは不安定だけど、まだこのブログを読んでくれてる人がいるのなら、また頑張ろうかと思います。








2009-10-25 22:42  nice!(0)  コメント(0) 
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発症から、丸二年。 [闘病記]

5月14日。
トッキーが細菌性髄膜炎を発症してから、丸二年が過ぎた。

あの日、大学病院の救急で診察を待つ間、私の腕の中で意識が混濁し、うつらうつらしていたトッキー。
一歳のトッキーの身体は、私が横抱っこしてもコチョンとおさまっているほど、細くて小さかった。

あの時、消えそうだった命は、ほんのちょっとのラッキーで、今も繋がっている。

二度の発症で、二度も生死の境をさまよって、「後遺症はまぬがれない」と言われたトッキー。
なぜ後遺症が出ないのか、なぜ脳にそれほどのダメージを受けなかったのか、誰にもわからない。
なにが良くって、今のトッキーがいるのか、なぜトッキーは生きることを許されたのか。

わが子の「生」を喜ぶと同時に、お星様にならなければいけなかったあの子たちのことを考える。

なぜ、生まれてきたのか。

なぜ、病気になったのか。

なぜ、死ななければならなかったのか。

なぜ、みんなが同じように生きれないのか。


そんな、答えの出せない疑問は、いつまでたってもなくならないんだろうな。

トッキーの笑顔の向こうに、あの子達を感じる。

そうやって、私はいつまでも、お星様になったあの子たちを忘れないでいることしかできない。


トッキーを抱きしめながら、あの子たちを感じる。

あの子達のママが、わが子を抱きしめられないなら、私がその分抱きしめよう。


そんな、どうしようもない思いが、こみ上げてくる。













2009-05-17 11:53  nice!(0)  コメント(1) 
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もうすぐ、2年・・・ [闘病記]

2009 4月 019 no2.JPG


前回の日記で、間違えて長男の実名を出してしまいました[ダッシュ(走り出すさま)]
翌日、書き換えましたが、全国に長男の名前が~~[ふらふら]
とんだ、ミスでした。。。


さて、、、今日、何日?
ようやく、五月人形を出しました。
今年は、娘の幼稚園でPTA役員を引き受けたので、今まで結構忙しくしていました。
そのおかげで(?)、トッキーの病気のことも考える暇がなかったのですが。。。

娘が 「明日から5月だよ。人形出さないの?」と。
出さないわけはありません!!我が家にとって、ひな祭りも子供の日も、ただの行事ではないのですから。
世の中、人形を飾る意味すら知らない人がいる中で、我が家の崇拝(?)はすごいのもです。

「神様、仏様、お人形様!!」そんな感じです。

ただ五月人形を飾ると、イヤでも入院した頃のことを思い出してしまうのです。
入院の前日に、五月人形の前で写真を撮ったことも・・・
そして、連想ゲームのように、ありとあらゆる光景を思い出すのです。


それでも、去年よりも確実に薄れ行く記憶。

忘れてしまったわけではないのです。

霧がかかったように、全体がうす~くなっているような感覚なのです。



トッキーは、さすが3人目!という立派な行動力に、病院で習得した「愛嬌」と「人懐っこさ」全開で、毎日、元気に生きてます。
今日は、年長の娘とトッキーの2人で、近くの学校まで遊びに行きました。(もちろん、こっそり追跡しました)

限りある命。

大事にしつつ、人生をいろいろ体験してほしいです!



2009-04-30 19:22  nice!(0)  コメント(0) 
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トッキー近況報告 [闘病記]

あまり、報告するようなことはないのですが。

一言で言えば、悪くもならず、よくもならず、と言ったところです。

月に一度の外来は相変わらず。
薬の内服も、相変わらず。

落ち着いていると言えば、落ち着いている。
それは喜ぶべきことかもしれない。
でも、「いったい、いつまで、この状況なの?」という気持ちもある。
少しも前に進まず、不安なのも相変わらず。

外来に行き、薬を飲んでいること以外は、いたって元気な普通の2歳児。

あせってはいけない・・・そんなことわかってるけど、年少さんに入園するのは来年度。

行かせてやりたい。でも、病気になったら・・・

今のままじゃ、私は行かせられない。

一日、遠出をすれば、夜に熱を出す。
公園で半日遊んだら、夜は咳き込んで眠れない。

だんだん丈夫になってくるからって医師には言われるけど、でももし流行病をもらったら・・・、もしこじらせて入院することになってしまったら・・・。


生きていることに満足しなくちゃいけない。

でも、本心は、普通の子供みたいに生きて欲しい。

「うちの子、病気なんです」ってカミングアウトしなくてもいいくらい、病気だったことなんて忘れてしまうくらい、元気になって欲しい。

ホント、欲張りな私です・・・


2009-04-18 07:39  nice!(0)  コメント(0) 
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生後26日のリーちゃんの闘病記。 [闘病記]

さて、ここは何のブログ?と言われてもおかしくないほど、闘病記から遠のいていましたが。

ヒブの接種が始まってもいまだ細菌性髄膜炎に冒されて、戦っている子供たちや親御さんのために、がんばって進んでいかないと!!ですね^^


生後26日のリーちゃんは、細菌性髄膜炎を発症する前日、いつもは3時間置きに目を覚ますのですが、この日は夜の11時に授乳してから、お母さんが目を覚ました朝の7時まで一度も起きませんでした。
あわてて起こして授乳するものの、ほとんど飲まずにまた、ウトウトしてしまいます。
「なんか、おかしい?」と思い、再び抱き上げると、身体が熱いのに気がつきました。
熱を測ると39度もあり、顔は赤く、グッタリしています。

この5日後には、出産した病院で一ヶ月検診を受けるはずだったのに・・・ お母さんはそんなことを考えながら、急いで出産した病院に連れて行きました。
里帰り出産をして、実家にいたお母さんに、おばあちゃんが言います。「熱を出したくらいで総合病院は大げさじゃないの?」と。
でも、なぜか嫌な予感がして、おばあちゃんの反対を押しきり、出産した総合病院に連れて行ったのです。

診察した医師は、「すぐに入院の準備をしてください」と言い残し、検査をするためにリーちゃんを連れて行きました。一時間ほど待ったお母さんに、暗い顔をした医師が告げます。
「お子さんは化膿性髄膜炎です。炎症の数値が平常値の50倍で、3割が死に、3割が後遺症を、残りがほぼ完治します。今の状態ではなんとも言えません。」
そう言われ、全身から血が引く感じがし、目の前が真っ暗になったそうです。
初めての子で、まだ生まれたばかりなのに・・・・涙が止まらず、おばあちゃんと一緒に泣いたそうです。

医師が、「誰のせいでもありません。お母さんが一番つらいはずです。だから何も言わないであげて下さい。子供にはびっくりするくらいの生命力があるんです。信じてください。」 と言ってくださったのが、せめてもの救いだったようです。
その後、点滴の管を何本も通され、検査の針が痛いのかずっと泣き喚く。小さな腕に何本も管が。おかあさんは、あまりの姿に、辛くて見ていられませんでした。やがて熱のせいか抗生剤の影響か、顔を中心に発疹がでてしまいました。

採血検査と髄液の検査と抗生剤投与中心の治療。がはじまりました。
6日後には炎症の数値も1.3まで減少したものの、抗生剤の影響でずっと激しい下痢が続いています。そして、4日後には数値は0.1まで減少したのです。
やっと直接母乳を吸わせる許可が出たものの、精神的ショックからまったく母乳がでなくなってしまいました。
さらにその6日後には、数値も落ち着き、点滴がようやく外れました。
沐浴の許可も出て、久しぶりのお風呂です。

発見が早かったため、後遺症もなく、ほぼ完治と見てよいと言われ、翌日退院することができました。しかし発見が早過ぎたためか、抗生剤のためか、原因菌は不明のまま。家族の病気の有無などから、いろいろな可能性があったようですが、結局わからずじまいでした。

退院後は、1ヶ月ごとに様子見の検診に通うことになり、自宅の近くの総合病院に紹介状を書いてもらい通院をしました。 難聴の検査も異常もなく、1歳を過ぎた頃ようやく、通院が終わりました。

その後は後遺症もなく、若干言葉が遅いものの、元気に保育園に通っているとのことです。
ただ、原因菌が不明のままであるし、少しでも熱が出ると、今でもおかあさんはパニックになってしまうそうです。

おかあさんは周りの人に、「髄膜炎にさせたのは母親の責任」と言われたり、「基準に達してないから後遺症があるんじゃない」などと色々言われ、しばらくは人間不信になってしまったそうです。ママ友達を作ったり、ほかの子と遊ばせたりすることが出来ない日々が続きました。
この夏、2人目の子が生まれたのですが、またこの子もなるのでは・・と、不安が募ります。

おかあさんからのメッセージです。

  「私が言えることは、まだ話すことのできない子供が、少しでもおかしい!!と思ったら、躊躇
   せず病院へ!」

恥をかくのは親だけで、子供に何もなければそれで良いんです。
子供を守るのは親しかいないのだから。
発見が早かったことが何よりよかったのだと思います。



早期発見で、原因菌はわからなかったものの、後遺症もなく、元気にしているリーちゃんの闘病記でした。




2009-03-24 00:43  nice!(0)  コメント(0) 
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